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八街市・小学生5人死傷の痛ましい交通事故と「非線引き自治体」が抱える苦悩

朝倉 継道朝倉 継道

2021/07/29

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八街市のホームページでは6月28日に発生した児童死傷事故の対策内容を公表している 撮影/編集部

いつか事故が起きるといわれていた道路

千葉県八街市の市道で、下校中の小学生の列にトラックが突っ込み、5人が死傷する痛ましい事故が起きた。6月28日午後のことだ。7月19日にはトラックを運転していた60歳の男が起訴されている。容疑は危険運転致死傷罪。勤務途中の休憩時間に酒を飲んだ影響で居眠り状態となり、道路脇の電柱に衝突したのち、児童らをはねたものと見られている。

現場となった市道は、報道によると幅6.9メートルで、歩道も路側帯もない。写真や映像で見る限り、その風景はいかにも都市近郊の農業地帯を走る、歩車混合の細い道といった様子だ。地元住民からはかねてより「道路が狭いのに交通量が多い」「いつか事故が起きる」など、指摘があったという。

そのため、事故の直接原因と見られる飲酒・居眠りについてはもちろん言語道断ながらも、さらなる背景として、こうした現地道路環境における危険性を指摘する声が、今回はかなり多くなっている。

そのなかで持ち上がっているのが、一般には聞き慣れない「非線引き自治体」という言葉だ。

「非線引き自治体」での懸念

非線引き自治体とは、都市計画法上のいわゆる「非線引き区域」の中にある自治体を指して、主にいう言葉だ。

では、その「非線引き区域」とは何か?  それは、市街化区域または市街化調整区域に区分(線引き)されていない都市計画区域のことをいう。

このうち、前者の市街化区域とは、計画的な街づくりを促進するための区域のことで、要はすでに市街地となっているか、またはこれから市街化させていく予定のエリアのことだ。

一方、市街化調整区域とは、市街化を抑制する区域のことをいう。ならば、そのまま市街化“抑制”区域でいいのでは? との疑問は誰しもが持つが、とりあえずここでは措いて先に進みたい。

そのうえで、市街化区域と市街化調整区域には、それぞれの目的に沿ったさまざまな法令上の制限がかかることになる。

市街化区域に対しては、計画的な街づくりやインフラ整備をしていくための決まりごとが定められ、市街化調整区域においては、山林や農地などを保全し、無秩序な開発をさせないための規制が布かれることになる。

すると、ここで宙ぶらりんになりやすいのが、市街化区域でもなく、市街化調整区域でもない非線引き区域となる。規制が、いわばどっちつかずのかたちで緩くなってしまうことになるわけだ。

加えて、以上の3区域は、そもそも都市部や都市部に近い都市計画区域内にある。そのため、非線引き区域にあっても、状況によっては宅地などの開発圧力が及んで来やすい。

その意味で、今回事故の起きた八街市やその近辺といえば、首都圏での仕事が長い不動産のプロならば、多くがその状況をよく知っている。

かつてのバブル期を中心に、非線引き区域に開発圧力が強く及んだ、典型的なエリアのひとつだ。

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八街市の交通事故発生率は2019年で県内10位

では、実際に非線引き区域に開発圧力がおよぶと、どういう現象が生じるのだろう。

答えとしては、開発が無秩序になる。

行政によるコントロールが徹底しないため、例えば、道路や上下水道などの生活インフラが行き届かない場所であっても、営利のままに開発が進められやすい。

その象徴的なかたちが、いわゆる「ミニ開発によるスプロール(無秩序拡大)現象」と呼ばれるもので、農村部で切り売りされた土地が小規模に宅地化され、広範囲にわたってバラバラに点在してしまう。

そのうえで、これらは、農村期以来の細い道で蜘蛛の巣状に結ばれるなどするため、そこが通学路となり、子どもたちの横を自動車がすれすれで走る状況が生まれたりもする。

そこで、これでは危険だということで、行政がこれらを拡幅、整備しようとしても、対象箇所が数多く、距離も長いだけに用地買収費用などが膨大となる。加えて、工事に要する時間もかさむことになるわけだ。

よって、こうした状況下にあっては、安全な道路づくりがなかなか進まないことになる。八街市は、このことについて長年悩み続けている代表的なまちとして、実はよく知られている。

なお、以下は千葉県全54市町村における、八街市の交通事故発生件数の順位と、その推移となる。これらのデータに、前述した同市における状況がどれだけ影響しているかについては、もう少し分け入った分析が必要となるが、参考として挙げてみたい。


※順位は人口1000人あたりの件数 出典/千葉県ホームページ「指標で知る千葉県」

なお、八街市では、16年にも今回の被害児童らと同じ小学校に通う生徒4人がトラックにはねられる事故が起きている。

地域の交通環境が抱える課題への意識が高い市民はおそらく多いはずで、そのうえで上記人口1000人あたりのデータの深刻さ、つまり「道路稠密な東京隣接3市に比べ交通事故発生率が一段高い」といった見方も、あって当然といえるだろう。

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今後を照らす希望かーー市街化調整区域化・逆線引き

さて、こうした八街市をはじめとする、非線引き自治体で目立つ交通事故リスクやインフラ問題などの課題については、個別・即効的な対策とは別に、やはり、将来を見据えた適切な計画が求められて然るべきだろう。

計画とは、要は、線引きのし直しのことだ。

この場合、市街化抑制のための市街化調整区域への区分を必要に応じて行うということになる。

ちなみに、一部の先進(というべきだろう)自治体で進められている「逆線引き」も、もちろん同じ方向にあてはまる。市街化区域を市街化調整区域に転換してしまうという、戦後行政史的観点からは、かなり大胆といってよい施策だ。

もっとも、こうした考え方については、たとえ芽が出ても、かつては強い抵抗に晒されたものだ。理由は、当然ながら、開発できる土地からできない土地へ移行させられることで、これらの所有者がもつ資産価値が大きく損なわれるからにほかならない。

しかしながら、当面続く日本の人口減少下において、過去の高度成長期やバブル期のような街の拡大が起こる可能性は、もはやいずれの地域においてもきわめて少ない。

また、そうした状況下にあっては、非線引き区域等での開発圧力への期待も、古い時代の夢として、今後はほぼ抱かれることがなくなるだろう。

そのうえで、スプロールした街を上手に畳んでいき、行政資源を必要な場所に効率よく集中させることは、産業、教育から、災害対策、はては野生動物被害対策にいたるまで、ありとあらゆる社会の課題に対する手当てにもつながっていくはずだ。

一方で、都市部にかさ上げされていくであろう資産収益からの分配をどうするかなど、今後の都市・地域行政、税制における英知の集めどころが、ここにはあるといっていいだろう。

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この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

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